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【連載】「眼鏡の社会史」(白山晰也著)第七回


弊社四代目社長の白山晰也が記した著書「眼鏡の社会史」(ダイヤモンド社)の無料公開連載の第七回です。
老舗眼鏡店の代表であった白山晰也が眼鏡の歴史について語ります。
今回は庶民から見た眼鏡についてです。前回はこちら

4 庶民から見た眼鏡
四つ目の伴天連
ところで、当時一般庶民は眼鏡に対してどのような認識をもったのであろうか。

眼鏡が大名、領主層にヨーロッパの珍しい精巧品として愛用されていったとしても、無識の一般庶民にとってはまったく無縁の存在でしかなかっただろうことは容易に想像がつく。
なにしろ、一般庶民が南蛮人を見ることなどなかった時代にあって、彼らがはるばるヨーロッパからもたらす眼鏡について、その機能を正しく認識することなど、できようはずはなかったであろうから。

そこで、眼鏡をかけた南蛮人に初めて接した、一般庶民の驚きの有様を伝えるエピソードをあげておきたい。
フロイスの『日本史』に記述されたそれである。

ここに一つの滑稽な出来事があった。
しばしば上洛し、教会と交渉があり親しくしていた信長の政庁の人々を除き、(同国の住民たちにとって)伴天連は見たこともなく、知りもしなかったので、司祭たちは目新しくはなはだ新奇な人々であった。
ところでフランシスコ師は近視であって、彼は岐阜に至った際、その地の状態や高尚な様子を見るために眼鏡をかけていた。
一般民衆は衣装にも大いに驚嘆したが、眼鏡に対する人々の驚嘆は比較にならぬほど大きいものであった。
そして司祭が道を通過した(際)、彼らは目撃したことを十分熟考し得なかったので、数人の単純な人々は、伴天連には目が四つあり、二つは皆が本来持っている普通の位置に、他の二つはそれから少し外にはずれたところにあって、鏡のように輝き、恐るべき見ものであるとしかに思い込んだ。
この噂は庶民の間に、いとも確実で間違いのないこととして流布するに至り、司祭たちが出発せねばならぬ日には、男女、子供らおびただしい人々が、まちの者のみならずはなはだ遠隔の地から、尾張の国からも殺到し、その数は四、五千を数えると思われ、この世にも不可思議なことを見ようと途上で待機した。
ところで彼らの許における好奇の欲心は非常なもので、我勝ちにと彼らはその新奇なものを、より近づき、思う存分目撃しようと、彼らが宿泊していた家へ大挙して侵入しようとするに至り……

このエピソードの歴史的背景については、太田正雄(木下杢太郎)の『日本に於ける目金の歴史の補遣』にも同様のことが書かれている。
フロイス『日本史』の中で注目すべきことは「ところでフランシスコ師は近視であって、彼は岐阜に至った際、その地の状態や高尚な様子を見るために眼鏡をかけていた。
一般民衆は衣装にも大いに驚嘆したが、眼鏡に対する人々の驚嘆は比較にならぬほど大きいものであった」という記述である。

ヨーロッパで眼鏡が誕生したのは、十三世紀後半であることはすでに述べたが、この当時の眼鏡はすべて読書用、すなわち老眼鏡であった。
したがって、眼鏡をかけるということは老眼鏡をかけるということであり、老眼鏡を必要な人は=文字を読める人、それゆえ、博学で尊敬すべき人という眼鏡に関する概念が出来上がっていった。
その概念は三〇〇年近くも続いた上、十六世紀に入り、初めて近視用レンズが開発されたのである。

これに対してわが国では、「老眼ノアザヤカニミユル鏡」の渡来から日も浅く、老眼鏡の何たるかを知らず当然眼鏡に関する知識もほとんどないうちに、近眼鏡を装用した伴天連を目の当たりにしてしまった。
紅色碧眼の外国人を初めて目の当たりにして、しかも白昼で眼鏡を着用している人を見れば、「伴天連には目が四つあり、二つは皆が本来持っているふつうの位置に、他の二つはそれから少し外にはずれたところにあって、鏡のように輝き、恐るべき見ものであるとしかに思い込んだ」として、当時の民衆にとって、現代の私たちが宇宙人でも見るような気持で、この四つ目の伴天連みたさに「彼らが宿泊していた家へ大挙して侵入しようとするに至り……」としても当然ではなかったろうか。

それにつけても、それから約四〇〇年、今やヨーロッパの人々から「カメラをさげ、眼鏡をかけていれば日本人」といわれていることを思うと、今昔の感、一入に思うのは私のみではあるまい。(続く)

弊社では眼鏡のコレクションを数百点を展示した東京メガネミュージアムを運営しております。
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