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このページで紹介している眼鏡は、弊社が運営する
東京メガネミュージアム<S・T・A・G・E> にてご覧いただけます。

 

 

メガネの歴史

【紀元前】

レンズの発見
紀元前の古代から、ある種の石がレンズとして使われていました。現存する最古のレンズは、紀元前700年頃のニネヴェ(現在のイラク北方、アッシリアの古都)の遺跡から発見されています。このレンズは研磨された水晶の平凸レンズですが、用途は太陽熱を集めるためのもので、視力を助けるためのものではありませんでした。また、紀元1世紀頃の記録に、古代ローマの皇帝ネロが、闘技場で剣闘士たちの闘いを観戦するのに、エメラルドのレンズを用いていたということが記されています。ネロがそのレンズを用いた目的は視力を補うためではなく、眩しい光線から目を守るためであったといわれています。

 

眼鏡の起源
適度にカットされた光学レンズを使うと視力が助けられる可能性を最初に発表したのは、アラビアの数学者であり、物理学者、天文学者でもあったアルハーゼン(956頃-1038)です。13世紀の中頃になると、彼が書いた著書に触発されて各地で眼鏡の開発が盛んになりました。視力を補う目的としての一番最初のレンズはリーディングストーンというもので、13世紀の中頃にドイツで、ある修道士によって発見されました。それは石英、または水晶でできた平凸半球型のレンズで、物体を拡大して見る現在の拡大鏡(ルーペ)のようなもので、 本の上に直接のせて使用されていたと思われます。

【13世紀】

13世紀
13世紀頃の西欧諸国は教会中心の社会でした。当時眼鏡を必要とした人は当然文字の読める人で、大変なエリートでした。一方では「年をとって近くのものが見づらくなるのは神の与えた苦痛だから、じっと耐えるべきだ」という考え方が社会にあり、それを妨げる機械類は「悪魔の仕業」と信じられ、民衆はレンズを悪魔の道具とみなしていました。そんな当時であっても眼鏡が作られていたという背景には、イタリアのベニス地方におけるガラス製造技術の発達があります。いずれにしても、眼鏡が発明された時期は1285年前後といわれていますが、定かではありません。

【14世紀】

木製リベットメガネ(複製)〔1350年代〕   象牙製リベットメガネ(複製)〔1350年代〕

木製リベットメガネ(複製)
〔1350年代〕

象牙製リベットメガネ(複製)
〔1350年代〕

【16世紀】

16世紀
眼鏡の日本への伝来は1551年(天文20年)、イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエル(1506-1552)が来日し、周防(現在の山口県)の国主・大内義隆(1507-1551)に献上したものが、その最初とされていますが、残念ながら現物は残っていません。また、室町幕府12代将軍・足利義晴(1511-1550)が所持していたという眼鏡が残っており、一部には、これが現存する日本最古の眼鏡ではないかという説もあります。そして、あの徳川家康(1542-1616)が使ったという眼鏡が静岡県・久能山東照宮にあります。これらの眼鏡はみな、手で持って見るタイプのもので、現在のように耳に掛けるタイプが出てくるのは、ずっと後になってからのことです。

べっ甲製鼻眼鏡〔1500-1600年代〕   足利義晴所持の眼鏡と眼鏡匣

べっ甲製鼻眼鏡
〔1500-1600年代〕

足利義晴所持の眼鏡と眼鏡匣

【17世紀】

17世紀
最初の手持ち式眼鏡が現れてから、350年以上も経た17世紀になると、西洋の方ではスパニッシュイタリアン型と呼ばれる、眼鏡を紐で耳に掛けるタイプのものが出てきます。この眼鏡を西洋人が掛けても、彫りが深く鼻が高いのでレンズとまつ毛が接触しませんが、東洋人は鼻が低いので眼鏡が顔にくっついてしまいます。これを防ぐために鼻当てを考えたのが日本人だといわれています。この頃になると、今まで輸入品にたよっていた日本でも、長崎で初めて眼鏡が作られるようになりました。材質はべっ甲、水牛の角、馬の爪などですが、これらも初めは輸入していました。

鯨骨製パンスヌ(鼻メガネ)〔1600-1700年代〕   角製・強拡大用ひも付き鼻当て付き眼鏡〔1600-1700年代〕

鯨骨製パンスヌ(鼻メガネ)
〔1600-1700年代〕

角製・強拡大用ひも付き鼻当て付き眼鏡
〔1600-1700年代〕

【18世紀】

18世紀
この頃になって、日本製の眼鏡は多く登場してきます。鏡を磨く人、つまり鏡師たちが段々眼鏡レンズなども磨くようになり、17世紀の終わり頃からは、眼鏡を売る店が京都、大阪、江戸に出てきます。ただ、眼鏡だけでは商売にならず、他の物と一緒に商売していました。眼鏡が誕生した当初、西洋では「眼鏡は悪魔の仕業」という概念がありましたが、18世紀頃には洋の東西を問わず、自分より目上の人の前に眼鏡を掛けて出るのは失礼にあたると考えられていました。目上の人の前で、自分の博学を自己宣伝するようなものだということなのです。昔から眼鏡は博学のシンボルであり、現在でも教育水準、文化水準の高さに比例して、眼鏡の装用率も高くなっています。

べっ甲・真珠貝製はさみ眼鏡〔1700年代〕   板紙・べっ甲製1段引き出し式単眼鏡(スパイグラス)〔1700年代〕

べっ甲・真珠貝製はさみ眼鏡
〔1700年代〕

板紙・べっ甲製1段引き出し式単眼鏡
(スパイグラス)〔1700年代〕

木製手持ち式メガネ(複製)〔1707年〕  

木製手持ち式メガネ(複製)
〔1707年〕

【19世紀】

19世紀
この頃になると、諸外国でいろいろなタイプの眼鏡が作られるようになります。鼻に挟んで使用するパンスヌと呼ばれる鼻眼鏡(日本では吉田茂元首相が掛けていました)や、ヨーロッパの貴婦人たちが愛用したローネットと呼ばれる長柄手持ち式の眼鏡、また、現代の眼鏡にもありますが、耳に掛ける部分が巻きつるになっているタイプなども作られています。その他、変わった眼鏡では、アメリカの大陸横断鉄道の機関士が使用していた煤よけのための眼鏡や、フランス製の射撃用の眼鏡などのように、用途・目的別に使用する眼鏡なども出てきました。

銀製単玉レンズ眼鏡〔1800年代初期〕   角製団扇型単眼鏡(スパイグラス)〔1800年頃〕

銀製単玉レンズ眼鏡
〔1800年代初期〕

角製団扇型単眼鏡(スパイグラス)
〔1800年頃〕

K14製巻きつるテンプルメガネ〔1860-1880年代〕 銀製伸縮テンプル眼鏡〔1800年頃〕

K14製巻きつるテンプルメガネ
〔1860-1880年代〕

銀製伸縮テンプル眼鏡
〔1800年頃〕

ニッケル製スプリングバー・パンスネ〔1850-1920年代〕 清朝時代の村長の家に伝わったもの〔1800年代〕

ニッケル製スプリングバー・パンスネ
〔1850-1920年代〕

清朝時代の村長の家に伝わったもの
〔1800年代〕

 


 

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